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旧武田領をめぐる
北条、徳川、上杉による熾烈な
領土の争奪戦が続いている。

北条が2万の大軍を率いて越後へ向けて進攻しているのを幸いに、
徳川は甲斐に手をのばした。

昌幸の密命に従い、信繁は
元は武田家の家臣で、今は上杉家に仕える
春日信達を、梅津城にいる
信尹の指示に従い、調略しようと試みた。

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春日信達は、武田が滅び、
その後仕えた織田が信濃から撤退し、
途方にくれていたときに上杉にひろわれた身。
上杉景勝に恩義を感じてはいるが、
今の処遇に満足しているわけでは決してない。

この葛藤が、調略を仕掛ける
糸口とされた。

まず、信尹は信繁を自分の三男・信春(のぶはる)
と偽って信達と引き合わせた。

酒を飲み、場が和んだ頃を見計らって、
自尊心を刺激する。

「あなたほどの侍なら、
よそに行けば、たちまち一国一城のあるじだ」

信達は、警戒して杯を置いた。

すかさず、信尹は内密の話を打ち明ける。

「兄・真田安房守は、故あって上杉を見限り、
北条につくことに決め申した。今、北条につけば…」

「失礼つかまつる」
真達は慌てて部屋を出ていった。

信尹はその挙動から、信達がおおいに
寝返る可能性があるとふんだ。

あともうひと押しのところを、
やらせてほしいと信尹に願い出た信繁。

信繁は、庭を眺めている信達に近づき、
真田昌幸の息子であることを明かした上で、
話を持ちかけた。

信繁と信達は、どちらも武田家に忠誠を
誓った父を持つ点でよく似ている。

ことに虎綱は、農民であったにもかかわらず
信玄に引き立てられて大出世を遂げており、
武田家の恩義は上杉への恩義よりも重いはずである。

さらには、信繁は、
信玄の娘の嫁ぎ先が北条であることを強調した。

と同時に、
信玄は、上杉は織田が手放した北信濃を
具合よく手に入れた一大名にすぎないと、
信達に疑念を生じさせようとした。

「コマとして的の目前に置かれているにすぎない」

これを聞いた信達は、不機嫌そうな表情を見せ、
「二度と、わしの前でこの話はするな!」
と言い捨てて去って行った。

信繁は不首尾に終わり、
信尹はその冷静にその原因を分析した。

「少々、理屈が立ちすぎたな。
人は、理屈で固められると、むしろ心を閉ざす」

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一方の昌幸は、調略の成果の知らせを待っていた。
しかし、既に北条は小諸城に入っており、
支度が整えば川中島へ陣を進めることが予想される。

調略の結果を待つあまり、
行動が後手にまわれば、
昌幸の策略が意味をなさなくなる。

昌幸は、やむを得ず、結果を待たずに出発した。

小諸城に赴いた昌幸は、
先に北条について内情を探っていた
出浦昌相と手早く打ち合わせた後、
大広間で氏直と対面した。

「遅い!」
氏直はたいそう機嫌が悪かった。

しかし、これも昌幸の計算のうち。

差し出す土産が効果を発揮するとばかりに、
昌幸は伝えた。

「敵方の武将、梅津城を守る春日信達を
ひそかにお味方に引き入れ申した」

「北条を侮るか!春日ごときの力を借りずとも、
上杉を蹴散らすだけの力を、われらは持っておるわ。
そのような土産は要らぬわ!」

氏直のけんまくに周囲がざわめいている中、
氏直の父・氏政がやってきた。

氏政は、昌幸と初対面であったが、
武田家で重要視された昌幸の評判を
耳にしたことがあった。

「皆の者、真田殿が加勢してくださるぞ。
百万の味方を得たも同じじゃ!」

氏直とは対照的な歓迎ぶりの氏政は、
昌幸の土産を感服しただけでなく、
昌幸の要望に応じて、
勝利の暁には信達に梅津城を与えると
書面に記すことすら、快諾したのだった。

さて、
北条は小諸城を出陣し、3万近い大軍で進軍を開始した。

そして、昌幸が北条についたことは、
ついに上杉景勝の知るところなった。
「許しがたい裏切りじゃ」

昌幸が見切り発車した以上、
もう残された猶予はない。

信尹と信繁は、急ぎ春日信達を見つけ、
切り札を出した。

「北条氏政様は、この戦に勝てば、
そなたに梅津城を正式に返すと仰せだ」

梅津城は、春日家の誇りとも言える城である。

上杉のもとではかなわないが、
北条につけば梅津城を取り戻すことができるのだ。

そして、
とうとう、信達が真田の手に落ちた。

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