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家康が浜松城まで正武を呼び出したのには、
とある目的があった。

それは、
梅士淵に築いている城について、
真田からどのような説明を受けたのか、
聞き出すというものだった。

「・・・徳川様が、
われら小県衆と手を携えて
上杉を抑えるための城と」

正武が答えると、家康が証文を出した。

「安房守と交わした証文じゃ。
海士淵の城を預かるのは、真田のみ。
室賀殿の名もほかの小県衆の名も、
どこにも書かれておらぬわ」

正武はだまされたことに気付き、
差し出された証文を読み返し、
はらわたが煮えくり返る思いであった。

「真田安房守にまんまとやられましたな。
お主もわしも」

正信が、家康の意思として、
ある提案を持ちかけた。
昌幸を亡き者にし、正武が小県の
惣代になるように持ちかけた。

正武が苦悩の表情を浮かべて帰る姿を
物陰から信尹がじっと見ていた。

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武家における婚姻は家と家との結びつきが
重んじられる。

そのため、身分の低い梅は
正室にはなれずに側室となる。

「側室とは、祝言など挙げないものだが、
私はあえて、
きちんとやろうと思っている」

そんな信繁の心遣いが、
梅にとっては嬉しくてたまらないのだが、
一方で、信繁にはひとつ
この件に関する悩みの種があった。

それはほかでもない、
母・薫の承諾をどのように得るか、ということだった。

翌日、昌幸と信幸に、梅と夫婦になりたいことを
打ち明けた信繁、二人とも心から喜び、
祝言もすんなりと了承された。

対照的に、落胆したのは内記ときり。
そして、信繁の懸念は的中し、薫は大反対した。

信繁は、薫の了承をとりつけたいあまり、
つい小細工をした。
佐助を使い、あぶった香りを嗅ぐと
心地よくなる南蛮渡来の油を
薫の部屋に仕掛けたのだ。

効果は上々だったのだが、
あと一歩というところで小細工が発覚、
かえって逆効果となってしまった。

困惑する信繁を見かねて、
昌幸が任せろと薫の説得をかってでた。

「お前の目にかなった相手は、
ゆっくり探せばよいではないか。
そして改めて正室に迎えようぞ」

こんこんと薫を諭す昌幸。
薫はついに、気持ちに折り合いをつけ、
昌幸をただした。
「・・・祝言は、やるんですか。
私は出ませんから」

「おかしなことを申すな。
お梅は側室になるのだぞ。
祝言などやるわけないではないか。」

昌幸は、薫の落としどころを知っていた。

しかしながら、
信繁への後ろめたさがあり、
あとの始末は信幸に押し付けた。

信幸は、やむなく作兵衛の家に行き、
信繁に祝言が挙げられなくなったことを伝えた。
薫が折れ、昌幸は薫の面目を立てた。
信幸もここで妥協すべきだと感じていたが、
信繁は話が違うと納得できない様子。

「母上と話してくる!」
勢いづく信繁を梅が懇願してひきとめた。

「やめてください。そんなことで、
お方様と源次郎様がもめてほしくないんです!」

梅は、祝言などしなくても、
信繁と夫婦になれるだけで、幸せだった。

その数日後、上田平に築かれていた城が完成した。
以後、真田の拠点となる上田城である。

正武が落城の祝いにかけつけた。
「これは誰のための城じゃ」
「もちろん、われら国衆のため」

昌幸の本心を探ろうとする正武。
気取られまいとする昌幸。
どちらも、目をそらさずに互いを見据え合った。

昌幸は、正武に不信を抱いている。
信尹の知らせでは、
家康から浜松城に呼び出された際に、
家康との間で密談が交わされた節がある。

もし、正武にやましいことがなければ
浜松での話をするはずと踏んだ真田は、
それとなく確かめるために、
苦肉の策で、信幸が「浜松のうなぎ」を話題にした。

正武は明らかに動揺した。
「浜松など、ここ十年、行ったことがない」
そして、そそくさと帰ってしまった。
やはり、家康と何かたくらみ事があるに違いない。

正武は再び浜松城を訪れ、
正信と会った。

「やはりわしにはできませぬ」

「それは弱りましたな。
あるじに、室賀殿が進んで
安房守暗殺を買って出たと伝えましたところ、
いたくお喜びでございました」

徳川が後ろ盾になることを約束し、
暗殺者を二人、正武の助勢のためにつけると言う。
正武はいつしか徳川に縛られていた。

正武がまたも浜松城を訪れたことを知り、
その頃、昌幸、信幸、内記が
額を寄せ集めていた。
そのねらいは何なのか。

真田の座を奪うにしても、
今の正武が戦をしかけても、まず勝ち目はない。
となると、別の手段を使う。

「暗殺」
昌幸の目が鋭くなった。

家康にたきつけられたに違いないが、
正武が命を奪いにくるなら、逆襲に転じるほかない。
だが、その判断には慎重さが求められる。

この場に、信繁は同席していなかった。
梅が上田城に引っ越してきて、
あれこれ仕切っているのだ。

昌幸がひらめき、昌相が察してうなずいた。

「源次郎に祝言を挙げさせ、
正武に案内状を送りつける。
よい機会とヤツも食いついてこよう」

信幸がたまらず異論を唱えた。
「祝言の席を、血で汚すおつもりですか、父上!」

だが、昌幸は、正武が命をねらいに
来るのか否かを見極めるためだと、
信幸の反対を押し切った。

信幸は重たい気持ちを背負いながらも、
信繁に会い、ただ
昌幸の気が変わったとだけ伝えた。

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ついに、
祝言の日となった。
信繁と梅は固めの杯を交わし、
大広間ではお披露目の宴が始まった。
正武も客人として列席している。

酒宴がたけなわになったころ、
昌幸が囲碁を打つしぐさをして、正武を誘った。
「久しぶりに、やらんか」

囲碁には強い正武はこれに応じた。
昌幸正武は連れ立って居室に入った。

大広間では、にぎやかに
酒宴が続いている。

きりは、たまらなくなって、
その場を立ち去り、ぽつんと廊下に座り込んだ。
昌幸の居室のすぐそばだった。

昌幸と正武の囲碁は佳境を迎えようとしていた。

「隙をついてわしを殺し、
徳川からこの城をもらうつもりであったか」

昌幸がつぶやき、次の一手を打った。
刺客は既に絶命しており、隠し部屋に手勢も控えている。

「お主の負けじゃ。わしの家来になれ。
さすれば、許す」

昌幸と正武は似たような人生を歩んできた
幼馴染であった。

「わしの勝ちじゃ」
正武は、最後の一手を打って立ち上がった。

「・・・お主の家来にはならぬ」

正武は隠し持っていた小刀をつかんだ
その刹那、昌相が飛び出し、
その背中を刺した。

深手を負った正武を信幸が正面から斬りつけ、
内記が背後からばっさり切りつけた。

その様子を目撃してしいまったのは、
きりだった。悲鳴をあげて駆けだした。
きりにひっぱられた信繁。

そのただならぬ様子にあとに続いた。

昌幸の居室に駆けつけると
息絶えた正武の横で、昌幸が
碁盤を凝視している。

昌相は、信繁たちに宣言するかのように
たんたんと報告した。

「室賀正武、徳川家康にそそのかされ、
殿を暗殺せんと参ったところ、
返り討ちにいたしました」

信繁がつぶやいた。
「・・・読めました。それで祝言を」

きりは、泣きながら信繁を責めた。
「あなたたち、それでいいの!?お梅ちゃんが・・・」

昌幸が顔を上げた。

「わしが命じたのだ。
真田が大名になるためには、
室賀がいては困るのだ!

・・・すべては真田のためじゃ」

夜がふけた頃、信繁と信幸は、
本丸の櫓に並んで、月を見上げた。

信繁は祝言を利用された怒りより、
昌幸の策を見抜けなかった未熟さが
とにかく悔しい。

それと同時に、
そんな感じ方をする自分が、どうにも
好きになれないというジレンマを抱えていた。

「悩め、源次郎。
そうやって前に進んでいくしかないのだ、
今のわれらは」

信幸が、優しく信繁の肩を抱いた。

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